(旧別館)
大矢氏の《「ウニを守る」を最優先すべきか》への反論
石川 貞二 大矢氏の私に関する批判に反論します。 私は一度も「ウニを守る」などと言っていません。たまたまウニが一番実験しやすい対象だったから材料に使っただけで…
【日本の石けん運動の歴史】連載に当たって
この連載を始めるに当たって、私と合成洗剤の拘わりを言っておきましょう。1971年頃、伊勢湾の中部以南の三重県側海岸を埋立て一大工業団地を造成しようという、三重…
【日本の石けん運動の歴史】合成洗剤追放運動のそもそもの始まり
1961年(昭和36年)春、東京都衛生研究所臨床試験部長・柳沢文正のもとに、一人の中年のご婦人が訪れました。このご婦人の為に柳沢先生は職を追われ、他人から見た…
【日本の石けん運動の歴史】受難の先駆者
1962年(昭和37年)1月24日のお茶の水医学会での発表に先立ち、1月11日その要旨が全国有力新聞に報道されました。それ以来各新聞紙上で連日のように、合成洗…
【日本の石けん運動の歴史】合成洗剤研究会の分裂
1977年、既に野に降りていた柳沢文正先生を始めとする、合成洗剤の害を調査研究している学者・研究者が集まって『合成洗剤研究会』を結成することになりました。多数…
【日本の石けん運動の歴史】合成洗剤問題研究会
1980年、合成洗剤研究会から分かれた我々は、前述の通り大津で『合成洗剤研究会学術集会』を開催し、主だったメンバーで役員会を持ちました。その場で名称を『合成洗…