酵素の実体が明らかになったのは「科学の世紀」とされる19世紀に入ってからですが、それ以前から人間は酵素の働きを生活に取り入れてきました。
酵素の発見以前
紀元前3000年ごろの古代メソポタミアでは、麦芽に含まれるアミラーゼを使ってビール醸造をしていたことが「モニュマン・ブルー」と呼ばれる粘土板に記されています。これは世界最古のビール造りの記録といわれています。
また、紀元前800年ごろのホメロスの叙事詩『オデッセイア』には、仔牛の消化液に含まれる酵素(レンネット)でチーズを作る描写があります。
それらのほかにも臓器から排泄物に出た消化酵素を利用して皮革をなめしたり、羊毛を洗浄したり、染み抜きなども行なわれていました。
高温多湿の日本では、カビなどの微生物が作りだす酵素が古くから利用されています。たとえば味噌や醤油、日本酒などはコウジカビが生産する酵素の力なしには作れません。平安時代から室町時代にはすでに麹の製造販売がさかんに行われ、朝廷や幕府公認の「麹座(こうじざ)」と呼ばれる同業者組合も存在していました。
酵素産業の幕開け
酵素はどのように産業に利用されてきたのでしょうか。酵素産業の歴史において特筆すべきできごとや人物などについて簡単にご紹介しましょう。
- 1200年代:日本で麹(こうじ)の製造販売が始まる
- 1600年代:麦芽抽出物が商品として出まわる(主にビール醸造用)
- 1833年:ペイエン(A. Payen)とペルソス(J. Persoz)が麦芽からジアスターゼを単離
- 1874年:ハンセン(C. Hansen)(デンマーク)がチーズ作りのために子牛の胃からレンネットを抽出。そこからキモシン(凝乳酵素)を単離。精製法を確立し、規格化した酵素製品を世界で初めて販売(チーズ製造用プロテアーゼ)。
- 1876年:キューネ(W. Kuhne)が「Enzyme(酵素)」(ギリシャ語で”in yeast”を表す en + zyme)という用語を提唱
- 1894年:高峰譲吉(たかみねじょうきち)が麹菌(Aspergillus oryzae)のふすま培養物からジアスターゼを単離し、消化薬「タカヂアスターゼ」として商品化。微生物由来酵素が商品化された初めての例。
- 1897年:ビュフナー(E. Buchner)が酵母菌の細胞抽出液をグルコースに作用させるとアルコールが生成することを発見。酵母をすりつぶし、その濾液にショ糖を加えると発酵が起きることから、アルコール発酵には「生きた」酵母菌は必ずしも必要でないことを示した。
- 1902年:Diamalt社(ドイツ)が繊維の糊抜き、製パン用に麦芽酵素を販売
- 1907年:ローム(Otto Rohm)(デンマーク)が豚の膵臓抽出物(プロテアーゼ)を皮革加工用に販売。その後、洗剤に配合(1914年)。
- 1920年:Boidin、Effront(フランス)が枯れ草菌から耐熱性アミラーゼを発見。繊維の糊抜き用として販売開始。
- 1926年:サムナー(J. B. Sumner)がナタマメのウレアーゼを生成して結晶化に成功
- 1963年:洗剤用酵素が細菌由来のプロテアーゼに置き換わる
- 1967年:有馬啓(ありまけい)がカビ由来のレンネット(凝乳酵素)を発見し、実用化
1960年代以降には多種多様な酵素がさまざまな微生物から発見され、産業用酵素として実用化が進みました。
2013年2月初出