ニセ科学と石けんの諸問題 -「家庭用」軟水器の諸問題-

トップページ >>> 「家庭用」軟水器の諸問題 >>> ヨーロッパの認識

ヨーロッパの認識

「ミネラルについて」でも少し触れましたが、アメリカよりも更に硬度の高い地域が多いヨーロッパでは硬度や軟水器に対してどのように考えているのでしょう。日本と同じ島国であるイギリスを例に取ります。

イングランドおよびウェールズ地方の水道水品質管理業務を行う飲料水検査官事務所(DWI)は「最低硬度」という基準を設定しています。これは各水道会社において配水前の水を軟化する際、それ以上下げてはいけない硬度のことで、その値は「60mg/l」。つまり、イギリスでは人為的に軟化処理を行う場合、硬度60未満には下げてはいけないのです。(自然のままに硬度60を下回る水はこの規定とは無関係)。前述した心臓疾患と水の硬度との関連性、そして後述する鉛管の問題などが根拠として考えられます。

参照:
Is there a standard for the hardness of drinking water ?
(飲料水に硬度基準はありますか?)別ウィンドウで別サイトを開きます

Statutory Instruments
1991 No. 2790 / WATER, ENGLAND AND WALES
The Private Water Supplies Regulations 1991
(1991年 家庭用水道水水質基準)別ウィンドウで別サイトを開きます

Item 1.Total Hardness欄

スコッチウィスキーで有名なスコットランドにも同様の規制があります。イギリス保健省(the UK Department of Health, DH)が1994年に出した"Nutritional Aspects of Cardiovascular Disease(栄養学的見地から見た心臓血管疾患)"という報告中の「飲用水の硬度値と心臓血管疾患による致死率は穏やかに反比例している」という記述がその根拠であるとのことです。

参照:
The Water Supply (Water Quality) (Scotland) Regulations 2000
(2000年 水道水基準(水質)(スコットランド))
6 ISSUES FOR CONSULTATION別ウィンドウで別サイトを開きます
Total Hardness欄

世界第4位で、イギリス最大手の水道会社Severn Trent Water 社も、下記の見解を発表しています。

  • 硬度成分(カルシウム・マグネシウム)は基本的には健康に良い。
  • 硬水が皮膚疾患を悪化させるという話もあるが、報告数はごく少なく、その理由もはっきりしていない。
  • 事情があって軟水器を設置する場合でも、飲用水は軟化しないよう医療専門家は警告している。特に、乳児やナトリウム摂取制限が課せられている患者へイオン交換式で軟化された水を与えてはならない。硬度成分と置き換えられたナトリウムイオンが彼らに悪影響を及ぼす危険性がある。
  • 植物への散水、カーバッテリー、スチームアイロンに軟水器を通した水を使わないように。植物へは水道水を、バッテリーとアイロンには蒸留水を使うのが良い。

13/30 “facts on water hardness”(PDFファイル)別ウィンドウで別サイトを開きます

鉛製水道管の腐食は日本でも問題になっていますが、硬度成分を含まない人工軟水は鉛を溶かし出す力が強く、逆に硬度のある水は水道管の内側を硬度成分が徐々にコーティングしてゆくため、管が腐食しにくいのです(1993年改定版日本水道水質基準にも「適度な硬度の場合には、配管類の防食に役立つ」とある)。このことについてのDWIおよびSevern Trent Water 社の見解を以下に記します。

DWI
軟水器の水が鉛製の水道管を流れると、管から鉛が溶かし出される。

Information Leaflet / Water Hardness -- Should I use a water softener ?別ウィンドウで別サイトを開きます

Severn Trent Water 社
(略)軟水は鉛管を溶かすので、(軟水地域では、水道水から)鉛を除去する処理を行う。(略)

Water Quality Standards/Lead(PDFファイル)別ウィンドウで別サイトを開きます

Severn Trent Water 社の文書内には硬度についての以下のような表も掲載されています。

0〜100 軟水
100〜200 やや軟水
200〜300 やや硬水
300〜400 硬水
400〜500 非常な硬水

※硬度500を超えると味が落ち、生活にも支障が出るので、水道水はそれ以下の硬度にすべきである

ある種の軟水器業者が聞けば言葉を失いそうな数字ですが、それでもSevern Trent Water 社によると「当社において、各家庭に配水する前の水を軟化する予定はない。大多数の消費者が望まず、当社自身も不要と判断するそのような設備投資のために水道料金を上げることはできない」のだそうです。

「ヨーロッパの水道水は飲めない」などともよく言われます。しかし実際は「ヨーロッパの水道水で飲めないものはない」と言えるほど水質は厳重に管理され、特にウィーンやミュンヘン、ノルウェーやスイスの水の美味しさは東京や大阪など比べものにならないと言われるほどです。いくら硬水地域とは言え、米が炊けず、野菜が煮えないような水が蛇口から出てくるような国は少なくとも西ヨーロッパにはありません。「ヨーロッパの水は飲むと下痢をする」、「石けんが泡立たない」、「軟水器は必須」、「豆を煮ても柔らかくならない」というのは「そんなこともある」という話にすぎないのです。

「水はわれわれの成分である。われわれは地下水を汲み上げ、浄水場で空気にさらし、濾過をする。ベルリンの水道水の仕上がりである。化学も、ぜいたくな技術も必要でない。われわれは水をできるだけ自然のままにしておきたい。したがって、ベルリンの水は自然のなすがままに硬度が高い」

これはベルリン市水道局の公式見解です。水は自然であり、その自然をあるがままに受け入れて付き合ってゆこうという懐の深さが感じらます。

参考文献

  • 鯖田豊之著「水道の思想」中公新書
  • 小島貞男「おいしい水の探求」日本放送出版協会

コラム ◎ ヨーロッパの水事情

かって、コレラ、チフス、ペストなどが蔓延したことが、現在のヨーロッパには「飲み水は清浄でなければならない」という思想が根付いて、水に対しては非常に厳格になっています。
土や砂や砂利、微生物の棲む腐った枯れ葉などを通ってきた湧き水は、そのまま飲んでも大丈夫なほどきれいですが、ヨーロッパの浄水システム(緩速ろ過方式)は、この自然の仕組みを生かしたものです。
ヨーロッパの水道の水源は、基本的に地下水で、たとえばオーストリアは90%、ドイツは70%が地下水です。特にウィーンとミュンヘンなどは100%地下水で、取水・排水の過程で薬品処理することなく、原水がそのまま蛇口から出てきます。そして水が汚染されないように、水源周辺は広範囲に、厳重に保護されています。ウィーン市の水源保護地域は市の面積の2倍以上もあります。ミュンヘンの水道はバイエルン・アルプスに近い南南東40キロのマンヒファル渓谷、南南西70キロのロイザッハ渓谷の湧水、地下水を,地下に埋没した導水管で送り、フタ付きの配水池に貯えて,ろ過も塩素消毒もなしにそのまま給水していました。やがて水源地区と導水管周辺の2600ヘクタールを市が買い取り,一切の経済活動を許さない保護地区としました。
ドイツでも、ライン左岸のケルンでは、地下水は硬度が高くなるとして、炊事、洗濯などでの軟水の長所が挙げられ、表流水依存論が蒸し返されていたそうです。1984年から翌年にかけての水質調査で、表流水は硬度が低くても、一般細菌は地下水の500倍以上だったため、表流水依存論は最終的に消滅しました。

なお、オーストリア・アルプスやバイエルン・アルプスを後背地にもつウィーンやミュンヘンの恵まれた条件は、ヨーロッパの水道関係者の間で羨望の的になっていたそうですが、ミュンヘンの水道関係者は「マンヒファルの水に塩素消毒をするのは、ミロのビーナスにブラジャーを着用させるようなものだ」と水質の良さを自慢したそうです。

地下水源がなく、上流の各国の排水で汚された水を使わなければならないライン川最下流の国オランダの浄水システムは、ライン川から取水した原水を、まず薬品凝集沈殿・急速ろ過で処理し、55キロメーロル離れた砂丘地帯へ送り、地下に浸透させ人工的に地下水を作ります。この土壌浄化に50日間もかけるのです。このようにして自然ろ過が行われた水を集水し、曝気処理をして溶存酸素を増やし、さらに活性炭による吸着処理、急速ろ過の後に緩速ろ過と二重ろ過をしてはじめて塩素処理を行います。アムステルダムに届いたときの残留遊離塩素は0.1ppm、市内配水管内で0.02ppm、蛇口での残留塩素は測定されません。

水道水源としては、ヨーロッパ諸国に比較して地表水の割合が70%と高いイギリスでは、長期にわたる貯水池での自然沈殿、急速ろ過、緩速ろ過の二重構造で、「どんなに時間がかかっても」薬品の多用を控えてきました。「どんなに距離が遠くても、処理を必用としない湧水を誘導する」との古代ローマの水道思想が現在のヨーロッパの水道事業に受け継がれているようです。

イギリス同様水道水源の約70%が地表水の日本では、塩素や凝集沈殿剤(硫酸アンモニウムやポリ塩化アルミニウム)などの薬品や粉末活性炭の大量注入で、5〜6時間で水道水に仕上げます。日本はもともとおいしくて安全な水に恵まれていました。そのことがかえって仇となり、水源の保護への関心が低く、また最も良質である地下水を見捨てる傾向にあります。現在、日本の水道における地下水源の比率は約25%、伏流水や浅井戸を除くとわずか14%程度です。

上記のように厳重に水源保護を行っているヨーロッパでも近年、主として硝酸塩および農薬による地下水汚染が深刻になってきています。また、表流水においては厳しい汚染が問題になっています。富栄養化は主に硝酸塩やリン酸塩が原因で起こっています。
良好な水の供給には、浄水施設での対応には限界があり、原水の水質保全が極めて重要との認識を基に、現在各国で、総合的な施策が追及されています。飲み水を守るためなら農薬の使用を制限するのもやむを得ないという考え方に基づく法律が、ドイツ各州で次々と作られ、1986年から1991年の5年間に3分1の農薬が使用禁止になっています。またアメリカでは厳しい水質基準に適応させるため、連邦政府の指導監督権限を強化する法改正に向かって動き始めています。

生活が便利になればなるほど、新しい化学物質が次々に作られ、それらが生活のあらゆる場から川や湖に流れ込みます。農村、工場、都市など、どこもかしこもが水の汚染源であり、その根本的な原因に私たちの生活スタイルの問題があるのです。

参考文献

  • 鯖田豊之著 「水道の文化」 新潮社
  • 小林康彦編著 「水道の水源水質の保全」 技法堂出版
  • NHK取材班・真柄泰基著 「飲み水が危ない」 角川書店

前へ

次へ

▲ ページトップへ

Copyright(C) 1999- , Seikatsu to Kagakusha.Co.,Ltd. all rights reserved.