● 石けんの歴史
石けんの起源
石けんの歴史は、紀元前3000年頃にさかのぼります。 古代ローマ時代の初期に、サポー(Sapo)という丘の神殿で、羊を焼いていけにえとして神に供える風習がありました。
この時、滴り落ちる羊の脂が木の灰にまじり、石けんのようなものが偶然にできました。 それがしみ込んだ土は、汚れを落とす不思議な土として珍重されました。
英語で石けんを意味するソープ(soap)は、この丘の名前が語源といわれています。
同じ頃、紀元前3000年代のメソポタミア(現在のイラク)に、シュメール人が羊毛の洗浄と石けんの製法について、
くさび型文字で彫り刻んだ粘土板が残されています。 これは、木灰にいろいろな油を混ぜて煮たもので、塗り薬や織布の漂白洗浄に使われていたようです。
石けん製造業のはじまり
石けん作りは、エスパニア(現在のスペイン)やイタリアで8世紀ごろには家内工業として定着し、石けん 職人という職種も生まれました。この頃の石けんは、原料に動物性脂肪と木灰を用いた「軟石けん」と呼ばれる
柔らかい石けんでしたが、不快な匂いのするものでした。
12世紀ごろから、フランスのマルセイユやイタリアのサボナ、ベネチアで、 地中海沿岸のオリーブ油と海藻灰を原料とした硬い石けん(硬石けん)が工業的に作られるようになりました。
この石けんは硬くて扱いやすく、不快な匂いもなかったため、ヨーロッパ中に広がりました。 サボナという地名は、フランス語で石けんを意味するサボン(savon)の語源といわれています。
17世紀には、地中海の物資の集積地であるマルセイユが石けん工業の中心地ともなりました。 日本で古くから使われている「マルセル石けん」という名称は、マルセイユ石けんに由来するといわれています。
石けんの普及
18世紀に入ると、アルカリの需要は年々増大し、海藻灰や木灰などでは需要を満たすことが難しくなりました。 1791年、フランス人ルブランによって、食塩を原料に作った硫酸ソーダに石灰石と石炭をまぜ、これを加熱してソーダを取り出すというルブラン法が発明されました。
1861年ベルギー人ソルベーによって、食塩水にアンモニアガスと炭酸ガスを吹きこんで重炭酸ソーダを作るアンモニアソーダ法(ソルベー法)が発明されました。これによって、ルブラン法よりも安く、品質の高いソーダが作られるようになりました。
1890年には、ドイツで食塩水を電気分解してソーダを作る電解ソーダ法(今も使われている)が工業化されました。
このようにしてソーダが安価に大量に作られるようになり、石けんがヨーロッパの庶民に普及して、衛生状態が良くなりました。このことは、伝染病や皮膚病の発生を大幅に減らし、医学の進歩ともあいまって、人々の平均寿命を一段と伸ばすことに貢献しました。
石けんの渡来
日本では、洗濯にムクロジの実やサイカチのさや、灰汁などが使われていました。 日本に初めて石けんが入ってきたのは、鉄砲伝来と同じ頃、ポルトガル船によってもたらされました。
戦前まで、石けんを表す「シャボン」という言葉が使われていましたが、 ポルトガル語のシャボン(sabao)に由来する言葉で、フランス語のサボンと同じく、
サボナという地名が語源だと考えられています。 以来石けんは貴重品で、主に下剤などの薬用に用いられ、手にすることのできたのは将軍や大名などの限られた人たちだけでした。
日本での石けん製造
1873年(明治6年)、堤磯右衛門によって、日本で初めて、棒状洗濯石けんが1本10銭で発売されました。しかし、国産の石けんは舶来の石けんに比べて品質の劣るものでした。
1890年(明治23年)には、国内初の銘柄石けんとして、長瀬富郎によって花王石鹸が桐箱3個入り35銭で発売されました。米1升が6〜9銭であった時代ですから、石けんは非常に高価なものでした。
明治後半になると、ようやく一般の人々も、洗顔や入浴、洗濯などに石けんを使用するようになりました。
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