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【日本の石けん運動の歴史】合成洗剤問題研究会

1980年、合成洗剤研究会から分かれた我々は、前述の通り大津で『合成洗剤研究会学...

1980年、合成洗剤研究会から分かれた我々は、前述の通り大津で『合成洗剤研究会学術集会』を開催し、主だったメンバーで役員会を持ちました。その場で名称を『合成洗剤問題研究会』と決め、事務局は柳沢文徳先生が教授をしていた東京医科歯科大学難治疾患研究所疫学部門におくことになりました。

1981年7月、神田駿河台の全電通労働会館ホールで、合成洗剤問題研究会としては初めての会が開催されましたが、柳沢先生はこの会を『第5回合成洗剤問題研究会』と名乗りました。機関誌『合成洗剤研究』としては第1号で、この会誌の編集後記で柳沢教授は、次のように書いています。

「最近、滋賀県富栄養化防止条例、環境庁長官の通知で、有リン合成洗剤が追放され無リン合成洗剤が広がっています。無リン合成洗剤はリンを除いて、富栄養化のための合成洗剤でありまして、有害性をもつ合成洗剤の使用には変わりありません。この意味より、無リン合成洗剤も追放されなければなりません。リンの代替品であるゼオライトも問題があります。石けんではゼオライト、リンの使用はありません。石けんの使用によって、富栄養化問題、ゼオライト公害、合成界面活性剤の有害性の問題も解決します。

今回、評議員の方々のご意見により、合成洗剤研究会より合成洗剤問題研究会と改名しましたのは、より良い合成洗剤を標榜する合成洗剤研究会と混同を防ぐためです。この会は合成洗剤の有害性を研究する会であることを、はっきりさせたわけです。高級アルコール系合成洗剤や複合石けんを推奨する会と異なることを意識していただきたいと思います。」

分裂しましたが、特に草の根の運動者は柳沢教授に従った人の方が多かったのです。合成洗剤研究会に残った人のなかには、後に日本生活協同組合連合会に所属し、生協が高級アルコール系合成洗剤や複合石けんを売るための指導者になった人もいます。合成洗剤問題研究会の方は、柳沢教授が退職されたあと、東京医科歯科大学が事務局を下りてしまい、私(石川)がしばらく事務局を引き受けていました。老齢のため事務局を若い人に任せましたが、その人も忙しくてなかなか仕事をしてくれず、現状はもはや有名無実になっています。もう解散したと思っている人も多いと思います。

※このコーナーでは、石川貞二さんの文章をそのまま掲載しています。当「石鹸百科」とは異なる見解が含まれていることがあります。

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