合成洗剤追放の原点・19

ハダシで入れない田んぼ

 前号で紹介した谷山先生が、ある時ハダシでよその田んぼに入ろうとしたら、側にいた農家の人が「ハダシで入るなんて無茶ですよ。あとで足がピリピリして大変だから」と注意されて、びっくりしたそうです。

 大学の実験農場では、農薬も使わず、生活排水の流入もないので平気で入っていて、田んぼというものは昔からハダシで入るものと思っていたのに、まったくえらい世の中になってしまったとなげいておられました。

 島根県の浜崎さんというおばあさんの田に、給食センターの排水が入るようになって以来、田んぼの稲だけでなく、浜崎さんまで大変な目にあったという話は有名です。今、日本の米作りは、全然田の中に入ることもなく、稲そのものに触れることさえなく、田植から収穫まで全部機械がやる方向に進んでいます。だから、ドジョウやタニシが棲めないだけでなく、人も入れないような田で米が作れるのです。これは合成洗剤だけの問題ではなく、農薬の問題も大きいのでしょうが、生活排水の入る田がもっとも悪いということは、やはり合成洗剤そのものと、その相乗効果のためでしょう

 人が入れない田で作ったお米を食べさせられても、まったく気にならない人が、日本人の大部分なのでしょうか。そしてそんな無神経な連中が、2月11日になると皇統連綿だの、八鉱一宇だのと言うのでしょう。2月11日は嫌国の日になりつつあります。

 
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